研究プロジェクト Research Program

恒星の最期を、
分子ガスの動きから
読み解く

星が晩年に放出するガスは、どのような形をつくり、どう動くのでしょうか。その変化は、星自身の進化とどのようにつながっているのでしょうか。

私は、星の周囲から届く分子の電波を使って、この問題を研究しています。一つの天体を詳しく追いかける観測と、数多くの星の記録を比べる研究。その両方を学生・共同研究者と進めながら、質量放出と恒星進化の関係を調べています。

Scientific questions

質量放出と恒星進化を、三つの側面から調べる

星の一生は、生まれたときの質量などによって異なります。太陽のような低・中質量の星は、晩年にAGB(漸近巨星分枝)星となり、多くの物質を失います。その後、外層を失った中心星が高温になり、放出されたガスが電離されると、惑星状星雲として見えるようになります。post-AGBは、AGBを離れてからの移行段階を指します。ただし、すべてのAGB星が観測可能な惑星状星雲をつくるわけではありません。[11]

質量放出は、星自身のその後の進化を左右するとともに、星の内部でつくられた物質を宇宙へ戻す過程でもあります。私たちが知りたいのは、この間にガスの流れがどう変わるのか、異なる進化経路をどう見分けるのか、そして通常の説明に収まらない天体をどう理解するか、ということです。

01 形態と運動

星を包むガスは、いつ形を変えるのか

AGB星の周囲には、比較的丸く広がるガスがよく見られます。一方、惑星状星雲には、二方向に伸びたものや複雑な形をしたものがあります。変化の始まりを、完成した星雲になる前に捉えられないでしょうか。

手掛かりにするのは、メーザーのスペクトルです。電波の周波数のずれを速度に換算すると、ガスが私たちに近づく、あるいは遠ざかる動きが分かります。球対称に膨張する酸素に富む星周ガスでは、外側のOH 1612 MHzメーザーが、ほぼ加速を終えたガスの速度を探る目安になります。

Fanほか(2024)は、このOH線とH₂Oメーザーを比較しました。Xieほか(2025)は、同じ考え方をOHの1665・1667 MHz主線にも広げています。基準となる1612 MHz線の速度範囲の外に、別のメーザー放射が現れることを「速度超過(velocity excess)」と呼び、単純な球対称膨張から外れる運動の候補を探しました。観測時期や感度の違い、放射の変動も点検したうえでの選別です。[1][2]

球対称膨張の模式図。青いOHの二つの速度ピークの間に、赤いH2Oの放射が収まる。右側に放射領域の配置を示す。
模式図 A球対称の膨張を考えた場合。青がOH、赤がH₂Oで、左は横軸が視線速度、縦軸が放射の強さの模式スペクトル、右は放射領域です。Fanほか(2024)、原著図1。出典・利用条件
双極ジェットを加えた模式図。緑の流れに伴うH2Oメーザーが、青いOHの速度範囲の外に現れる例。
模式図 B細く速い双極流を持つウォーターファウンテンの一例。向きと速さの組み合わせで速度超過が現れます。流れと外層の相対的な大きさは模式的です。Fanほか(2024)、原著図2。出典・利用条件

速度超過は、非球対称な運動を探すための指標です。それだけでジェットの存在や星の進化段階が確定するわけではありません。空間的な構造は、電波干渉計などで確かめる必要があります。

そこで、速度の比較に赤外線の情報を重ねます。Xieほか(2026)は、速度超過を示す17天体について、波長ごとの明るさの分布、すなわちスペクトルエネルギー分布(SED)を調べました。球対称の塵の分布を仮定する放射輸送コードDUSTYで、7天体のSEDを良好に再現しています。[3]

SEDを良好に再現できた天体では、塵からの赤外放射は球対称モデルと整合する一方、メーザーは単純な球対称膨張では説明しにくいガス運動を示しています。形態変化の初期段階を考えるうえで興味深い組み合わせですが、SEDの再現性は実際の塵の分布が球対称であることを証明しません。また、視線速度だけでは流れの位置や形も決まりません。変光や空間分解した観測を合わせて、どこで、どのような変化が起きているのかを検討しています。

IRAS二色図。横軸は12と25マイクロメートルの色、縦軸は25と60マイクロメートルの色。赤い塗りつぶし記号がSEDを良好に再現できた天体、白抜きが不十分な天体。
観測とモデル赤外線色とSEDの再現性。四角はOH主線、丸はH₂Oの速度超過で選んだ天体。三角と菱形は既知のウォーターファウンテンです。塗りつぶしと白抜きはフィットの良否であり、星の分類ではありません。Xieほか(2026)、出版版図4。出典・利用条件

異なる観測を重ねて、解釈を確かめる

図の「色」は、異なる赤外線波長での明るさの比を対数で表した量です。灰色と桃色の輪郭は、比較標本でAGB星とpost-AGB星が分布する領域です。黒い区分線も含め、個々の星の進化段階を確定する境界ではありません。

ガスの速度と塵の放射は、異なる性質を測っています。両方の観測を説明できるかどうかが、形態変化を考える際の判断材料になります。

02 進化の境界

似た姿の星は、同じ最期を迎えるのか

AGB星と赤色超巨星(RSG)は、ともに表面温度が低く、活発に質量を放出します。しかし、生まれたときの質量や内部の進化は異なります。見かけが似ている星の中に、異なる進化経路をたどる天体が含まれているかもしれません。

Taoほか(2026)は、SiOメーザーの検出スペクトル2,956件を1,551天体について集め、AGB星と赤色超巨星を比較しました。用いた線幅は、検出された放射が占める視線速度の全幅、FWZIです。赤色超巨星では幅が広い傾向がありますが、二つの集団は重なり合い、線幅だけでは明確に分けられません。[4]

そこで、星が放つエネルギーの総量である光度を組み合わせました。光度には、主に品質を選別したGaia観測に基づく距離を使っています。線幅が広く光度も高い、赤色超巨星の分布に近づく領域から、詳しく調べるAGB分類天体を選ぶ方法です。赤外SEDや変光なども調べ、通常のAGB星として理解できるかを一つずつ検討しました。

この領域は、追観測する天体を選ぶ目安です。AGB・SAGB・RSGを確定的に分類する枠ではありません。FWZIは感度・速度分解能・観測時期・遷移にも左右され、ガスの膨張速度や質量放出率そのものではありません。光度の評価には、距離や星間減光の不確かさも伴います。

背景にあるのは、星がどのような条件で白色矮星を残し、あるいは超新星に至るのかという問題です。高初期質量のAGB星や、炭素燃焼を経験するスーパーAGB(SAGB)星は、その境界を考えるうえで欠かせません。SAGB星にも、白色矮星を残す経路と、電子捕獲をきっかけに中心核が崩壊する超新星に至る経路が考えられています。その分かれ目は初期質量だけでなく、金属量(ヘリウムより重い元素の割合)、質量放出、内部進化の扱いにも左右されます。線幅と光度による探索は、こうした星の候補を詳しく調べるための出発点です。[10]

03 特異な天体

通常の進化星として説明しきれないとき

分類に収まらない天体は、何を見落としているのかを考え直すきっかけになります。中心の星だけでなく、それを取り巻くガスの由来まで調べる必要があるからです。

IRAS 19312+1950は、私が長く研究を続けている天体です。Nakashima & Deguchi(2000)によるSiO・H₂Oメーザーの検出以来、分子線の観測や干渉計による画像、メーザーの長期変化を調べてきました。進化星によく見られる性質を持つ一方、周囲の大量の分子ガスなど、通常の進化星からの質量放出だけでは説明しにくい特徴があります。[7][5]

Qiuほか(2023)は分子線サーベイから化学組成を調べ、Fengほか(2025)は新たな観測と過去約20年のメーザー記録を比較しました。化学組成、放射の変動、ガスの速度と空間分布を突き合わせることで、どの成分が中心天体に関わり、どの成分が周囲の環境に属するのかを考えています。[6][5]

IRAS 19312+1950のOH、H2O、二つのSiOメーザーの平均スペクトルとCOスペクトル。横軸は視線速度。各放射の速度範囲が異なる。
異なる分子が映す運動横軸は局所静止基準に対する視線速度。青はOH、赤はH₂O、茶はSiO 42.821 GHz、緑はSiO 43.122 GHz、黒の一点鎖線はBIMA干渉計によるCOです。見やすくするためH₂Oは強度を10分の1、SiOは3分の1に縮小。メーザーは左軸のJy、COは右軸のJy/beamで読みます。緑の縦破線は約35 km/sの基準速度です。下の矢印は速度範囲で、空間的な大きさを示すものではありません。Fengほか(2025)、出版版図15。COの観測はNakashima & Deguchi(2005)。出典・利用条件

恒星合体後の天体なのか、進化星と周囲の分子雲が関わる複合的な系なのか。あるいは、別の起源を考えるべきなのか。IRAS 19312+1950の起源はまだ確定していません。恒星合体は検討されている仮説の一つで、合体そのものが観測されたわけではありません。中心天体が通常の進化星ではない可能性も含め、それぞれの説明が観測とどこまで両立するかを調べています。

A common approach

多数の星を比べ、一つの星に戻って確かめる

三つの課題は、別々の研究を並べたものではありません。単一鏡望遠鏡のサーベイや長期観測で特徴を捉え、電波干渉計でガスの形と運動を詳しく調べる。その経験を多数の天体の比較へ戻す、という共通の進め方で結ばれています。

  1. 観測記録をそろえる

    新たな観測と過去数十年の記録を集め、出典、天体の対応、遷移、観測時期を確かめます。

  2. 比べられる条件を探る

    感度、速度分解能、望遠鏡が捉える範囲、変動を点検。非検出も、その観測の限界とともに扱います。

  3. 特徴的な天体を選ぶ

    集団としての傾向と重なりを調べ、詳しい検証が必要な天体を選びます。選別と同定を分けて考えます。

  4. 別の観測で検証する

    距離と光度、赤外SED、変光、分子化学、空間分布と運動を照合し、物理的な説明を絞り込みます。

個別の星から生まれた問いを、多くの星で試す。比較の中で見つかった天体を、もう一度詳しく観測する。この往復が、研究を次へ進めます。

記録を集めるだけでは、信頼できる比較にはなりません。弱い放射が見えなかったのか、その時期には存在しなかったのか。単一鏡と干渉計で、同じ広がりのガスを捉えているのか。こうした違いを確かめることが、データの再利用を天体物理学の研究へつなげます。

観測記録の統合と再利用も、この研究プログラムを支える仕事として進めています。既存の公開データベースを生かしつつ、文献までさかのぼって比較の根拠を確かめ、検証可能な形で研究を積み重ねていく方針です。

Continuity & collaboration

観測で得た経験を、次の問いへつなぐ

私の研究の出発点は、メーザーを使って星を探し、その運動を調べることでした。そこから、分子ガスを画像として捉える観測や、特異な天体を追い続ける研究へと広がってきました。近年の比較研究は、こうした個別天体の観測経験の上にあります。

  1. 2000–2003

    星を探すサーベイと、特異天体との出会い

    出口修至氏との研究では、IRAS 19312+1950のメーザー検出や、銀河系内のSiOメーザーサーベイを報告しました。多数の天体を同じ観測で比べることと、その中の一つを詳しく調べることが、初期から並行しています。[7][8]

  2. 2005–2006

    スペクトルの違いを、ガスの配置と結びつける

    私が単著で発表したX HerとEP AqrのBIMA干渉計観測では、幅の狭い成分と広い成分が、どのような空間構造に対応するかを調べました。スペクトルが似ていても、同じ構造とは限らない。画像と速度を一緒に考える姿勢は、現在のメーザー比較研究にもつながっています。[9]

  3. 継続する個別研究

    IRAS 19312+1950を、異なる方法で調べ続ける

    一度の観測で結論を急がず、分子線、化学組成、メーザーの長期変化から、さまざまな解釈を検討してきました。Qiuほか、Fengほかの研究は、この問いを共同研究者と引き継ぎ、観測の種類と時間の幅を広げたものです。[6][5]

  4. 2024年以降の成果

    観測記録の比較から、新たな対象を選ぶ

    FanほかのH₂Oによる探索、XieほかのOH主線と赤外SEDの研究、TaoほかのSiO線幅と光度の比較へ。対象や観測量を変えながら、候補を選び、独立した情報で確かめる方法を発展させています。[1][2][3][4]

私は、これまで積み重ねてきた観測研究を土台に研究全体の方向性を考え、学生や共同研究者と新しい問いを立てながら、観測結果を検討してきました。ここで紹介した近年の成果は、各論文の第一著者をはじめとする共著者と進めたものです。それぞれの仕事を次の課題へつなぎ、個々の論文を越えて研究を継続していくことを大切にしています。

Selected papers and preprints

この研究プログラムを支える代表論文

本文の番号は、以下の原著・総説に対応します。研究紹介ページには、観測方法や結果をもう少し詳しくまとめています。

  1. Fan, H., Nakashima, J., et al.(2024)Systematic Search for Water Fountain Candidates Using the Databases of Circumstellar Maser SourcesApJS, 270, 13. OHとH₂Oの比較による候補探索。
  2. Xie, J.-Y., Nakashima, J., & Zhang, Y.(2025)A Search for Asymmetric Kinematic Components in Circumstellar Envelopes Using OH Main Line MasersApJ, 978, 114. OH主線と衛星線の速度比較。
  3. Xie, J.-Y., Nakashima, J., & Zhang, Y.(2026)Infrared Spectral Energy Distribution Modeling of Velocity Excess in Maser Sources: Identifying Incipient Water Fountain CandidatesApJ, 998, 27. 速度超過天体の赤外SEDと変光。
  4. Tao, Q.-Y., Nakashima, J., et al.(2026)SiO Maser Line-width Diagnostics of AGB Stars and Red Supergiants: The RSG-adjacent Region in the FWZI–Luminosity Plane公開プレプリント:arXiv:2610.16453。 SiO線幅と光度による追観測対象の選別。
  5. Feng, H.-X., Nakashima, J., et al.(2025)Considerations on the Origin of IRAS 19312+1950 Based on Long-term Maser ObservationsApJ, 981, 41. 長期変化と複数のメーザーの比較。
  6. Qiu, J.-J., Zhang, Y., Nakashima, J., et al.(2023)Molecules in the Peculiar Age-defying Source IRAS 19312+1950A&A, 669, A121. 分子線サーベイによる化学組成の研究。
  7. Nakashima, J., & Deguchi, S.(2000)Detections of SiO and H₂O Masers in the Bipolar Nebula IRAS 19312+1950PASJ, 52, L43–L46.
  8. Nakashima, J., & Deguchi, S.(2003)SiO Maser Survey toward the Inner Galactic Disk: 40° ≤ l ≤ 70° and |b| ≤ 10°PASJ, 55, 203–227.
  9. Nakashima, J.(2005, 2006)Disklike Structure in the Semiregular Pulsating Star X HerculisApJ, 620, 943–947(2005).BIMA CO Observation of EP Aquarii: The Semiregular Pulsating Star with a Double-Component Line ProfileApJ, 638, 1041–1044(2006).
  10. Doherty, C. L., et al.(2017)Super-AGB Stars and their Role as Electron Capture Supernova ProgenitorsPASA, 34, e056. SAGB星と進化の分かれ目についての総説。
  11. Van Winckel, H.(2003);De Marco, O., & Izzard, R. G.(2017)Post-AGB StarsARA&A, 41, 391–427.Dawes Review 6: The Impact of Companions on Stellar EvolutionPASA, 34, e001. post-AGB段階、惑星状星雲と連星進化の背景。
図の出典と利用条件

掲載画像は既存の研究紹介ページと同じファイルを参照しています。本ページで画像の加工は行っていません。各論文の著者による図であり、以下の条件で掲載しています。

  • 模式図A・B:Fanほか(2024)、上記論文の図1・2。対応するarXiv v1のライセンスはCC BY 4.0。著者提供図をWebP化した既存画像です。
  • 赤外線二色図:Xieほか(2026)、上記出版論文の図4。© 2026 The Author(s). Published by the American Astronomical Society. 出版版のCC BY 4.0に基づきます。著者提供図のWebP化と外周余白の整理を行った既存画像です。arXiv v1のCC BY-NC-ND 4.0とは区別しています。
  • メーザーとCOの比較図:Fengほか(2025)、上記出版論文の図15。© 2025 The Author(s). Published by the American Astronomical Society. 出版版のCC BY 4.0に基づきます。著者提供図のWebP化と外周余白の整理を行った既存画像です。COデータの原典はNakashima & Deguchi(2005), ApJ, 633, 282–294。arXiv v1の利用条件を根拠とした転載ではありません。

ライセンス:Creative Commons Attribution 4.0。論文の正式題名・誌名・DOIは上の書誌情報に記載しています。

Outlook

ガスの動きから、星の進化の分かれ目へ

目指しているのは、珍しい天体を集めることだけではありません。星の質量や進化の段階、周囲の環境によって、質量放出がどう変わるのか。その違いを、観測で確かめられる形にしていくことです。

質量放出は、星の周囲にガスと塵の層をつくり、星自身の最終的な進化にも関わります。また、恒星内部で合成された元素を星間空間へ運び、銀河の物質循環の一部を担います。メーザーや分子ガスの観測で捉える動きは、こうした過程を星の周囲で具体的に調べる手段です。

多くの星に共通する傾向と、一つの星を詳しく見て初めて分かる違い。その両方を学生や共同研究者と調べ、質量放出の変化が星の進化経路とどう結びつくのかを、観測に基づいて追究していきます。