星を包むガスの、丸い広がりからの変化

太陽のような低・中質量の星は、晩年のAGB(漸近巨星分枝)星の時期に、ガスや塵を盛んに放出します。その物質が星を包む層が、星周エンベロープです。AGB星から、その次のpost-AGB星を経て惑星状星雲へ進む過程で、おおむね球対称だった構造が、方向によって異なる姿へ変わることがあります。この変化がいつ、どのように始まるかは、まだ十分には分かっていません。

星周ガスの運動を伝えるのが、メーザーの電波です。メーザーは、分子が特定の条件で電波を増幅する現象で、レーザーと似た仕組みをもちます。電波を周波数ごとの強さに分けたスペクトルを見ると、ドップラー効果から、ガスがこちらへ近づく、あるいは遠ざかる速度を調べられます。ここで測るのは、視線に沿った速度です。

今回使ったのは、酸素と水素からなるOHの三つのメーザー遷移です。分子のエネルギー状態の違いによって、1612 MHzの「衛星線」と、1665 MHz・1667 MHzの二つの「主線」が生じます。主線・衛星線という名称は遷移の種類を表し、実際に観測される電波の強さによる区分ではありません。

同じ星の膨張を、比較の物差しにする

通常の球対称に膨張するエンベロープでは、1612 MHzの衛星線は、こちらへ近づく側と遠ざかる側に対応する二つのピークを示します。主に外側の、ガスがほぼ一定の速さに達した領域を映すため、典型的な二重ピークの速度差の半分から、膨張速度を推定できます。

この衛星線の速度範囲を物差しにして、別の電波を比べます。もし主線の放射がその範囲の外に現れるなら、単純な球対称膨張だけでは説明しにくい運動があるかもしれません。これが本研究でいう「速度範囲の超過」、略して速度超過です。単に主線の全幅が広いかを見るのではなく、衛星線の範囲の端から、どれだけ外側にはみ出しているかを調べます。

発想の出発点は、Fanほか(2024)のウォーターファウンテン候補探索でした。前の研究では、OH 1612 MHz衛星線と、水分子が放つH₂O 22.235 GHzメーザーを比較しました。今回の研究では、比較相手をOH自身の二つの主線に替えています。同じ分子でも、遷移ごとに放射に適した条件は異なります。違う電波で比べれば、これまでとは異なる段階の星や、別のガスの運動に目を向けられる可能性があります。

ただし、速度超過は運動を調べる手がかりです。スペクトルだけで、細い双極ジェットの存在や、ガスの三次元的な形を直接証明できるわけではありません。

377天体を比べ、元のスペクトルへ戻る

探索には、公開された星周OHメーザーデータベースのバージョン2.5を使いました。そこには6,900天体について16,879件の観測記録が含まれます。同じ星を繰り返し測った記録や非検出の記録もあるため、観測件数と天体数は異なります。また、すべての天体で必要な線が検出されているわけではありません。

まず、赤外線衛星WISEなどの画像・カタログで対応天体を確認しました。古い電波観測では位置の誤差が大きい場合があるため、三つの線が同じ星に対応しているかを確かめる作業が必要です。若い星と考えられる天体や、対応を確認できない天体を除き、衛星線と少なくとも一方の主線を比べられる377天体を解析しました。

一次選別の基準は、主線の放射が衛星線の速度範囲の端から5 km/sを超えて外側に現れることです。近づく側、遠ざかる側のどちらか一方でも条件を満たせば選びました。データベース上では1665 MHz主線で20天体、1667 MHz主線で36天体が該当し、そのうち13天体は両方に共通します。したがって、重複を除いた初期候補は20+36−13=43天体です。

次に、観測を報告した原論文に戻り、スペクトルを目で点検しました。データベースに二つのピークが記録されていても、それらが球対称な膨張の両側を表しているとは限りません。弱い成分の見落としや、メーザーの時間変化によって、衛星線の範囲が狭く記録されていることもあります。数値の比較だけでは、実際には速度超過を示さない天体が候補に含まれることがあります。

この詳細な確認を経て、信頼できるOH主線の速度超過を示すと判断されたのは8天体でした。8天体すべてでジェットが確認された、あるいはウォーターファウンテンとしての分類が確定したという結果ではありません。

OHメーザーデータベースから必要な線の検出とWISEでの対応を確認し、377天体の速度比較、43天体の初期候補、スペクトル点検へ進むフローチャート。
論文図1観測記録から比較できる星を選び、元のスペクトルで確かめるまでの流れ。途中の二つの枝は1665 MHzと1667 MHzの主線に対応します。最下段の3天体・6天体は主線別の数で、1天体が重複するため、最終的な実天体数は8です。上段の観測記録数と、各段階の天体数を区別して読む必要があります。出典:Xieほか(2025)、CC BY 4.0。図の出典拡大する

選ばれた星は、赤外線で何色に見えるか

8天体は、星の進化のどのあたりにいるのでしょうか。IRAS・WISE・2MASSの赤外線データを使い、異なる波長での明るさの比を調べました。この比を「色」として二つの軸に取った二色図では、星や周囲の塵の温度分布などを反映して、AGB星とpost-AGB星が異なる領域に多く分布します。

今回の8天体は、赤外線色の比較ではpost-AGB星に対応する領域に分布しました。一方、H₂Oメーザーを使ったFanほか(2024)の探索では、AGB星に対応する色の領域にも、速度の逸脱が信頼できる天体が多く見られました。両研究で使う電波を替えると、注目する星の集まりにも違いが現れたのです。

ただし、この図の領域は、比較用の星の標本が多く集まる場所を示しています。個々の星の進化段階を決める厳密な境界ではありません。測定の不確かさや、星周ガス・塵の構造の違いも考慮する必要があります。

IRAS二色図。1665 MHzの速度超過を青い三角、1667 MHzの速度超過を赤い四角で表示し、灰色のAGB星領域と赤いpost-AGB星領域、Fanほかの天体を比較している。
論文図58天体の赤外線色と、前の探索との比較。青三角と赤四角は主線別の速度超過天体で、重複する天体があります。灰色と赤の輪郭は、それぞれ比較用の酸素に富むAGB星・post-AGB星の標本の90%(実線)と80%(破線)を含む領域です。黒い星印はFanほか(2024)の11天体、黒い白抜き丸と塗りつぶし丸は、それぞれIRAS 22516+0838とIRAS 19352+2030を示します。黒い領域区分はvan der Veen & Habing(1988)とSevenster(2002)によります。小さな天体名や記号は拡大してご覧ください。出典:Xieほか(2025)、CC BY 4.0。図の出典拡大する

色に加えて、明るさの変化を調べる

赤外線色とは別の手がかりもあります。星が脈動すると、明るさが周期的に変わることがあります。そこで、WISE・NEOWISEの約10年にわたる観測から、時間とともに明るさがどう変わるかを示す光度曲線を調べました。

観測の質を選び、不規則な時刻に得られたデータから周期性を調べる解析を行うと、8天体のうち5天体で周期変動が検出されました。これは観測から得られた結果です。そこからは、post-AGB星に対応する色の領域にも、脈動するAGB星が含まれる可能性が考えられます。AGB期を離れる直前の星を見ているのかもしれませんが、5天体すべての進化段階がこの解析だけで確定したわけではありません。

周期性が検出された5天体を一段ずつ示す図。左列はWISEの明るさの時間変化と赤い正弦曲線の当てはめ、右列は周期ごとの信号の強さと採用したピーク。
論文図12周期変動が検出された5天体。左列は光度曲線、右列はどの周期の信号が強いかを調べた結果です。左の赤線は周期解析に基づく正弦曲線の当てはめで、黒い縦線は48時間内に得た測定値の散らばりを表します。右の赤い×印が採用したピーク、茶色の破線は偽警報確率2%に対応する基準です。偽警報確率は、ノイズによる見かけの周期信号を評価する指標です。観測点は連続した時刻に並んでいるわけではありません。各段の数値は拡大表示で確認できます。出典:Xieほか(2025)、CC BY 4.0。図の出典拡大する

違う電波が、違う運動への窓になる

OH主線を使う利点は、従来のウォーターファウンテンを効率よく拾い直せることではありません。論文で検討した既知の16天体のうち、OHの主線と衛星線の両方が検出されていたのは11天体。その中で主線の速度超過を示したのは、1天体だけでした。

速度超過を示す8天体だけでなく、各線が検出された天体全体を比較しても、OH主線とH₂Oメーザーでは赤外線色の分布が異なります。このことから、OH主線を加えると、H₂Oメーザーだけでは調べにくい星周環境にも対象を広げられる可能性があります。

IRAS二色図上でメーザーの検出の組み合わせを比較。青丸は1612・1665 MHz、赤四角は1612・1667 MHz、緑三角はOH三線、黒い十字は1612 MHzとH₂Oの検出天体。
論文図10どの電波が検出されたかで、星の集まりを比較した図です。青丸と赤四角は衛星線と片方の主線が検出され、もう片方の主線は未検出の天体。緑三角はOH三線すべて、黒い十字は衛星線とH₂Oメーザーが検出された天体を表します。速度超過を示す8天体だけの図ではありません。黒い十字はAGB星の色の領域に多く、OH主線を含む組み合わせはより広い色の範囲に分布します。領域区分は論文図5と同じです。出典:Xieほか(2025)、CC BY 4.0。図の出典拡大する

この違いは、OH主線とH₂Oメーザーが、いつも同じ場所のガスを映しているわけではないことも示唆します。論文では、AGB期には両者の放射領域が離れ、post-AGB期には近づいたり重なったりする可能性を議論しました。ただし、これは速度や検出傾向から考えた解釈です。今回の研究だけで、放射領域の位置関係を直接描き出したわけではありません。

さらに確かめるには、高角分解能の電波干渉計観測で各線の放射位置と運動を調べる必要があります。観測時期や感度が異なる記録を組み合わせる限界もあり、時間を追った観測や、元のスペクトルを含むデータ整備も大切です。OH主線、衛星線、H₂Oを合わせて見ることで、球対称な膨張から外れる運動の実体に近づけると考えています。

研究の歩みとして振り返ると、この仕事は、コロナ禍で観測活動が制限されたことをきっかけに始まったFanほか(2024)の研究を発展させた成果の一つです。限られた状況での工夫から始まった試みは、思いがけず実りの多い研究の流れにつながりました。新しい観測データを得ることが難しくても、蓄積された記録を別の視点で読み直すことで、新しい科学的な問いに取り組む道は開けます。