進化した星らしいのに、それだけでは説明できない
メーザーは、分子が特定の条件で電波を増幅する現象です。IRAS 19312+1950からは、一酸化ケイ素(SiO)、水(H₂O)、水酸基(OH)のメーザーが検出されます。この組み合わせは、晩年のAGB(漸近巨星分枝)星や赤色超巨星など、周囲へ物質を放出する進化星によく見られます。近赤外線で見える複雑な星雲にも、星の質量放出を思わせる特徴があります。
ところが、その周囲には通常の進化星では説明しにくいほど大量の分子ガスがあります。先行研究による推定は、太陽の約225〜478倍の質量です。これは周囲の分子ガスの総質量であって、中心星の質量ではありません。そのすべてを一つの星が放出したと確認されたわけでもありません。通常のAGB星では珍しいメタノールが検出され、ガスの運動も複雑です。
若い大質量星にも、広い速度範囲のSiOメーザーが見られます。しかし、この天体では、若い大質量星にしばしば伴う、電離した水素ガスの領域(H II領域)の証拠が確認されていません。似た特徴を一つ見つけても、全体の説明にはならないのです。
時を隔てた観測をつなぐ
今回、新たなOH観測にはフランスのNançay電波望遠鏡を使いました。2018年2月から9月まで、241日間に8回、1612・1665・1667・1720 MHzの四つの遷移を調べました。韓国のKorean VLBI Network(KVN)の21 m望遠鏡では、2018年1月から2020年5月にかけて、H₂OとSiOを11回観測しています。今回はKVNの望遠鏡を単一鏡として用いた観測です。
この新観測に、2000年以来の公開済みスペクトルを組み合わせました。20年間連続して観測したのではなく、異なる時代・望遠鏡の記録を並べて、長期的な変化を比較した研究です。感度、強度較正、観測条件の違いを考慮して、スペクトルの長期変化を調べました。
スペクトルは、電波の強さを周波数ごとに分けたものです。周波数のずれをドップラー効果で速度に換算すると、どの速さのガスがメーザーを放っているかが分かります。以下の図では、天体の基準となる速度はおよそ35 km/sです。それより小さい速度側を相対的に近づく青方偏移側、大きい速度側を遠ざかる赤方偏移側と呼びます。異なる分子や遷移は、放射に適した温度や密度も異なるため、同じ天体の違う側面を伝えます。
OHに残る、進化星らしい手がかり
OHでは1612・1665・1667 MHzが検出され、1720 MHzは非検出でした。1612 MHzの「衛星線」は、1665・1667 MHzの「主線」より強く、過去の観測でも同じ傾向があります。これは質量を放出する進化星でよく見られ、進化星説を支持する重要な手がかりです。ただし、強度比だけで分類や進化段階を決めることはできません。
8か月間の観測では各成分が非周期的に変化し、強度の変化は最大でおおむね2倍程度でした。1612 MHzには、過去のスペクトルに比べて約38 km/sに新しいピークが現れました。長期の記録を通じて、衛星線は相対的に青方偏移側、主線は赤方偏移側に多く分布する傾向も見られます。
一方、主線の55 km/s以上に残る一部の鋭い特徴は、人工的な電波干渉(RFI)と判断されています。スペクトルに尖った山があっても、そのすべてが天体のガスから届いた信号とは限りません。これらを高速ガスの成分として扱わないことも、解析の大切な点です。
水のメーザーは、強い側が入れ替わる
H₂O 22.235 GHzメーザーでは、青方偏移側と赤方偏移側に分かれた二つの成分が見えます。2018〜2020年の観測で主に検出されたのは約22〜42 km/sの範囲でした。2018年頃には青方偏移側が強かったのに、2019年以降は赤方偏移側が相対的に強くなりました。青方偏移成分の強度変化は30倍を超え、OHよりも大きく変動しました。
過去の記録では、もっと広い速度範囲に放射がありました。とくに約17 km/sの強い成分は、2004〜2006年頃に目立ち、その後弱まって2015年には検出されなくなっています。長く追うことで、ある時期に見える二つの山も、固定した姿ではないことが分かります。
ただし、青い側が弱まったからといって、流れの向きが反転したとはいえません。成分の消失も、ガスやジェット自体の消失を直接示しません。メーザーは温度・密度などの励起条件に加え、視線に沿って似た速度のガスが重なり、電波を増幅できるかにも左右されます。放射の変化と、物質そのものの変化を分けて考える必要があります。
SiOの記録に残る、広い速度範囲
今回主に検出されたSiOメーザーは、42.821 GHz(v=2、J=1–0)と43.122 GHz(v=1、J=1–0)で、放射は主に約50〜55 km/sに見られました。これらの記号は、分子の振動・回転の状態の違いを表します。86.243 GHzには弱い信号もありましたが、一部は暫定的な検出です。129.363 GHzでは検出されませんでした。
時間をさかのぼると、様子が違います。2000年頃には青方偏移側にもSiOが検出され、二重ピーク状のスペクトルが見られました。しかし2004年頃以降、青方偏移側の成分は見られなくなり、赤方偏移側が主になっています。
両方のJ=1–0遷移の過去約20年の検出を総合すると、SiOのピークはおおむね15〜55 km/s、約40 km/sにわたる広い範囲に現れてきました。一度の観測で常にこの全幅を持つ、という意味ではありません。時期ごとに異なる速度の成分が現れることまで含めた結果です。星の基準速度付近に放射が集まる典型的な球対称膨張のAGB星とは異なり、SiOの放射領域に複雑な運動があることを示唆します。
速度を比べて、ガスの構造に近づく
三種類のメーザーを、先行研究のCO分子線から知られるガスの構造とも比較しました。COには、速度幅が狭いnarrow componentと、幅が広いbroad componentという二つの成分があります。前者は双極方向に緩やかに流れるガス、後者は内側の小さな、概ね球対称の膨張成分としてモデル化されています。「broad」という名前から、高速の双極ジェットだと読み替えることはできません。
メーザーの速度範囲はnarrow componentの範囲を超え、broad componentに関係している可能性が示されました。ただし、これは速度から考えた対応です。今回の単一鏡観測で各メーザーの絶対位置を決め、COの構造との空間的一致を確認したわけではありません。
似ている天体を比べ、説明の限界を確かめる
OHの強度比は、質量を放出する進化星という解釈を支持します。一方、広い速度範囲に現れるSiOや大量の分子ガスは、通常のAGB星だけでは説明が難しい特徴です。進化星説は有力な手がかりを持ちながらも、特異な周囲の環境まで説明する必要があります。
その一つの可能性が、高速の双極分子流を持つウォーターファウンテン天体です。過去のH₂Oに見られるOHの速度範囲を超えた放射や、W43AなどSiOを持つ既知の天体との共通点が、この比較を動機づけています。ウォーターファウンテン候補探索の記事で紹介した速度比較も関連する考え方です。ただし、大量のガスと複雑な化学組成を説明する問題は残り、この天体の分類が確定したわけではありません。
大質量の若い星という仮説には、SiOの速度構造が似ているという利点があります。しかしOHの強度比やH II領域の証拠が乏しい点などは整合しにくく、論文ではこの分類に慎重です。一つの分子の特徴だけで、若年星と判断することはできません。
恒星合体で生じた赤色新星の残骸も比較対象です。例えばV838 MonではSiOメーザーが、別の残骸CK Vulではメタノールが検出されています。こうした多様な分子環境は手がかりになりますが、両方を同じ残骸で検出した例として挙げているのではありません。何より、IRAS 19312+1950には過去の合体イベントを直接観測した証拠がなく、赤色新星残骸と確定することはできません。
今回の研究によっても、この天体の起源と進化段階は未確定です。それでも、長い記録を比較したことで、説明すべき時間変化と、保たれる特徴が整理されました。次には、高角分解能の電波干渉計観測で放射の位置と運動を結び付け、モニタリングで成分の出現・消失を追うことが重要になります。
長く観測しても、自然がすぐに一つの答えを示すとは限りません。異なる分子の電波を比べ、時を隔てた変化をたどることで、どの説明が成り立ち、どこで足りなくなるかが見えてきます。IRAS 19312+1950の記録は、正体への問いを、より具体的な観測の問いへと育ててくれます。