赤い星の外側に、長い時間の記録がある
VX Sgrは、表面温度が低く、非常に明るい進化星です。赤色超巨星、あるいは赤色極超巨星と呼ばれることが多いのですが、その進化上の位置づけにはまだ議論があります。いずれにしても、星の周囲へ大量のガスを放出していることが、この天体を考えるうえで重要です。
この論文では、遠くに広がるガスを過去の質量放出の手がかりとして扱っています。ただし、離れたガスは周囲の星の光や星間物質からも影響を受けます。著者は、弧の形や星の運動を比較し、恒星風による構造とバウショックを区別しようとしています。
水素の光に浮かぶ、淡い弧
Julian Shapiroは、既存のHα線サーベイ画像から、VX Sgrの周囲に薄い弧を見つけました。星までの距離を1.56 kpcとすると、星から弧の先端までの代表距離は約0.59 pc、光年に換算して約1.9光年です。星の半径でも、弧の直径でもなく、星からその構造までの距離であることに注意が必要です。
著者は、弧の形状と明るさから、光っている電離ガスの質量を太陽の約0.1倍と推定しています。ただし、距離やガスの温度、立体的な形状などを仮定した計算です。電波や赤外線でしか見えない中性の物質まで含めた総質量を直接測った値ではありません。
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星が走って作った波なのか
では、この弧はどうしてできたのでしょうか。動いている星が周囲のガスを押しのければ、船の舳先の波に似たバウショックができます。しかし、VX Sgrの周囲に対する運動速度は約12 km/sと小さく、動く方向も弧の向きと合いません。対応する遠赤外線の放射も見つかっていないため、著者はバウショック以外の説明を支持しています。
著者が支持しているのは、恒星風や過去の放出物が、近くの高温星からの紫外線で電離されて光るという解釈です。電離源の候補としてHD 313822を挙げています。ただし、二つの星の奥行き方向の距離は十分に分かっていません。この論文は、定常的な恒星風と一時的な大量放出のどちらが弧を作ったかを確定していません。
質量放出率は、仮定とともに読む
著者は、定常的で対称な恒星風を仮定し、CO観測から得られた終端速度24.3 km/sなどを用いて、年間約4×10⁻⁵ M☉という質量放出率を推定しています。M☉は太陽質量を表します。著者はこの値を、条件付きの下限に近い推定として扱っています。
著者が弧の形状から密度を見積もる別の方法を使うと、質量放出率は約1.3×10⁻⁴ M☉/年となります。二つの推定では必要な仮定が異なり、減光や窒素の輝線の寄与も影響します。これらの数字だけで、過去に一度だけ大きな質量放出が起きたと断定することはできません。
星の正体は、まだ開かれた問い
さらに難しいのが、VX Sgrそのものの分類です。赤色超巨星とする考えのほか、スーパーAGB星という可能性も議論されています。内部に中性子星を含むとされる理論上のThorne–Żytkow天体(TŻO)も候補に挙がっていますが、同じように赤く明るく見えることと、内部の構造が同じであることは別問題です。
著者は、Sgr OB1星協の運動学的年齢を考慮すると、スーパーAGB星という解釈には無理があると論じています。ただし、星協への所属や進化モデルに依存する議論であり、TŻOの発見を意味しません。著者は弧の分光観測を今後の検証として挙げており、ガスの速度や組成による確認が残されています。