電波で決めた位置を、赤外線の星へ渡す
銀河中心には可視光が届きにくく、多くの星は赤外線で観測されます。一方、Sgr A*自体の位置は電波観測で精密に参照できます。この二つの観測の間をつなぐ手がかりが、明るい赤外線星の周囲から放射されるSiOメーザーです。
SiOメーザーは、進化した星の近くの特定の条件を満たすガスから生まれる、強い電波の線放射です。同じ星を赤外線でも電波でも観測できれば、両者の座標系を対応づけられます。いわば、二種類の地図に共通して描かれた目印を利用するのです。
15個のメーザー星、30年の観測
著者らは、43 GHz帯で観測された15個のSiOメーザー星とSgr A*の電波連続波について、30年間の位置天文学データを統合しました。得られたメーザー星集団の平均的な位置の基準は、現在の時点で約0.08ミリ秒角(mas)の不確かさを持つと報告されています。
銀河中心までの距離を8.2 kpcとすると、これは空間的に約0.6天文単位(AU)に相当します。数字だけを見ると驚くべき精度ですが、注意したいのは、この値が個々の星の表面を直接測った誤差ではなく、メーザー星集団で定めた基準座標の平均的なオフセットの不確かさだという点です。
時間とともに目印も動く
星には固有運動があり、何年も経つと位置が変わります。著者らが見積もった各メーザー星の平均的な固有運動の不確かさは、赤経方向で年あたり約0.05 mas、赤緯方向で約0.08 masでした。観測した時刻から離れた未来の座標を予測するほど、位置の不確かさも積み重なります。
さらに、電波を出すのは星そのものの幾何学的な中心ではなく、その周囲のガスです。メーザーが強く出る領域の形や明るさが変われば、位置測定に影響する可能性があります。著者らは、IRS 7という星の青方偏移したメーザー成分が2022年以降に約30倍明るくなった例を挙げています。
精度を上げるほど、天体の物理が見えてくる
単に長く観測を続ければ、際限なく座標の精度が上がるわけではありません。検出されるメーザーの分布や速度構造の時間変動が、さらに高精度な位置測定や視線方向加速度の推定を難しくするかもしれません。
この論文の面白さは、メーザーを安定した「目印」として使う測定技術が、やがてメーザー源自身の物理と切り離せなくなることです。銀河中心の重力場を測るためには、そこにある星周ガスの変化まで理解しなければならないのです。